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    お伊勢参りして来た 2012年11月13日 探索 トラックバック:0コメント:0

    伊勢神宮

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    現在でも東京から約3時間、京都から行っても2時間はかかるだろう場所に、なんで皇室ゆかりの神社があるのか。
    はっきり言って、わけわからんかった。そもそも、ご先祖様である天照大神をこんな遠い地に祀ったのはどうしてだ?

    書紀はその理由を崇神六年の条に記述している。
    崇神天皇とは、御肇國天皇(はつくにしらすすめらみこと) - 『日本書紀』
    都は磯城瑞籬宮(しきのみずかきのみや、奈良県桜井市金屋の志貴御県坐神社が伝承地)
    『日本書紀』
    天照大神と倭大国魂(出雲系の信仰)とを宮殿にいっしよに祀っていたところ、両神は共に住むのを好まず国内に疫病が流行した。よって天照大神は大和の笠縫邑らに祭り、大国魂は三輪山に祭った。大国魂は大田田根子という出雲系の司祭がついてそこにおさまったが、天照大神のほうは笠縫邑には落ちつけずに、倭姫命の捧持で、菟田・近江国・東美濃を巡って伊勢国に入り…
     
    簡便に読み解くと、こんな感じかなと
    天照大神系の氏族と多く大国主系の氏族を併合して都に住まわせていたが、邪魔になったので地方に追い出そうとした。
    大国主系の種族には三輪山周辺の土地を与え、天照系には大和の笠縫邑(これも三輪山近傍の土地といわれている)を与えたが、文句が多かったので菟田・近江国・東美濃を巡って伊勢に落ち着いた。

    「…五十鈴川の川上に斎宮をたてた。これを磯宮と謂ふ。すなはち天照大神の始めて天より降ります処なり」(垂仁紀二十五年)。
    伊勢神宮には、海に近い外宮と山に近い内宮がある。外宮の神は豊受大御神(とようけのおおみかみ)であり、おそらくこっちが昔から鎮座されている神だろう。内宮に天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)が祀られている。こっちが後から来た神だろうねえ。

    崇神天皇が、どっちも追い出したことを考えれば、崇神天皇は天照系でもなかったし大国主系でもなかったことになる。さらに崇神天皇が三輪山を与えたことを考えれば、崇神天皇は三輪山を神としてあがめる氏族でもなかったことになる。
     
     
    宿泊地の「津」からJRに乗りました。切符を購入した後、近鉄の方が便数も多いし急行も止まることに気がつきました。
    だけど、この一両しかないディーゼル汽車がいいです。気に入ってしまいました。
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    近鉄と並行する路線では、あちらは複線・複々線の線路を走り、こちらは頭上に架線もない単線なのでした。
     
    伊勢市駅メインストリート
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    外宮があるのに、あんまり繁盛していませんね。
    メインストリートには一風変わった宿屋もあります。
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    外宮入り口のせんぐう館
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    ここには来年(平成25年)にせまった20年に一度の式年遷宮の新宮建築の様子が展示されています。
    一番目を引いたのは、建築物じゃなくて銅鏡でした。昔から銅なんていう素材を鏡として使っていたのはなぜ?
    と不思議に思っていましたが、表面には錫を鍍金して研磨すると、それはそれは光り輝き反射するというのを知りました。
     
    境内は、さすがに日本一の神社だけあって整備されています。
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    山の上の方にある別宮
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    見学していたら雨が・・・
     
    すべて徒歩で歩き回ろうと考えていたのですが諦めました。
    ではバスで内宮まで。20分ぐらいかかります。
     
    内宮前のバス停で昼食を。
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    昨日、懇親会やら飲み会やらで飲み過ぎて、腹は減っているが食欲がない。こういう時は『うどん』か香辛料のきいた物『カレーライス』が適当でしょう。
    メニューを見ると両方ありますが、カレーの方が安い(それでも1000円)でした。やっぱり行楽地は高いなあ。味は松阪牛入りだそうで悪くありませんでした。
     
    内宮も美しいです。
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    とくに五十鈴川が美しい。
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    周囲の山はハイキングにちょうど良さそう。晴れていればですが。
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    血管累々にみえる力こぶ。さすがに自然もよく保存されていますなあ。
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    こちらが、来年お奉りされる新しい鳥居
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    ちょっとだけ見えている新宮
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    雨のせいで、写真はあまり撮れませんでした。写真は参集殿の軒先。
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    おみやげ屋さんの立ち並ぶ、おはらい横町・おかげ横町を通り
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    バスに乗って近鉄宇治山田駅へ出て帰りましたとさ。
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    甲斐国志 2015年02月06日 探索 トラックバック:0コメント:0

    私の性格は、どうも体育系ではないような気がしてきました。
    山に行く前には、いろいろと調べたりもしますが、郷土史も頭にあると楽しみが倍増します。

    山登りと考えてしまうと、出不精になってしまいます。
    単に「知らない場所を見に行こう!」ぐらいに思っていると、すんなり出発することが出来ます。
    といいますか、私の場合は、山登りでもなく旅行の延長としてのアウトドアという捉え方が一番しっくり来ます。

    そこで、いろいろと調べるわけですが、前回、書きましたとおり山梨県の郷土史「甲斐国志」を調べております。

    甲斐国志についてのWikipediaはこちら
    Wikipedia - 甲斐国志

    インターネット上では、近代ライブラリーに画像として電子化されているのですが
    近代ライブラリー - 検索 甲斐国志

    テキスト化されたものが欲しかったのと、画像で頁を探すのが非常に手間取るため、
    少なくとも「見出し」ぐらいは電子化出来ないものかと入力を始めました。
    自分で全部入力するのは困難ですから、ネットを探し回って、すでに電子化して下さった方々のデータを集めました。
    がれきさんどり図書館

    まだ、1/100ぐらいしか進んでいませんが、まずは先人の苦労に感謝します。

    山登りが出来ない鬱憤をWeb製作で晴らすという悪あがきをしている今日この頃です。

    霞ヶ浦右岸を走る 2016年10月03日 探索 トラックバック:0コメント:0

    やっと涼しくなり、かつ晴れ、かつ休みとなった日曜日、折り畳み自転車を担いで常磐線に乗りました。
    霞ヶ浦はご縁のある場所なんですが、ポイント各々でしか見物したことしかありませんでした。
    もう一つの目的は、或る場所を探索すること・・・

    だから「右岸を潮来方面へ走る」というのだけは決定しています。
    電車に乗ってから検索すると、霞ヶ浦サイクリングコースというのがあって、ほとんど一周しているらしい。
    良いではないですか

    さて、土浦で下車します。
    土浦駅東口
    ここからサイクリングコースに乗るには、駅から南を目指すとすぐに桜川の堰堤に出ます。

    ここにコースは通っています。

    霞ヶ浦は広いな。

    土浦から河口方向を見ても対岸は見えない。

    いま計測してみると、土浦から潮来方向は直線で20Kmはある。
    東京湾フェリーの久里浜-金谷間は11Kmしかない。

    走り始めてすぐに「しまった」と思ったのは、このコース思ったより長いこと。
    一周94Km・・・
    地図をネットで見ると、広いから霞ヶ浦は縮小されているんですね。
    こういうスケールだとは思いませんでした。考えてみれば日本第二位の湖なんだから当然ですな。

    それと、強くはないものの向かい風を受けます。
    折りたたみのブロンプトンじゃなくて、もう少し高速対応の自転車にすればよかった。

    サイクリングコースとはいっても車道、農道兼用なので、注意して走りましょう。
    このコースはほぼ一周しているらしいのですが、流入する川の渡河や各種施設のため迂回を要求されるところが多い。

    霞ヶ浦総合公園を過ぎて、しばらく国道125号沿いを走っていたら、予科練平和公園というのに出くわしました。

    奥を眺めると、プロペラが見える。
    近くに寄ると・・・

    零戦だあ!

    実物は初めて見るかも知れないが・・・それにしても綺麗な機体だな・・・

    と思ったら、これはレプリカらしい。

    実機じゃないんだ。
    ひょっとして、この展示館のために作ったのか?
    カネかかってるなあ・・・

    良い天気でもあるし、釣り人が多い。

    釣りの趣味はありませんが、以前から霞ヶ浦のアメリカナマズを釣って食べたいと思っていました。
    外来種でもあり固有種を食い尽くしてしまうのだといいます。
    食用として移入されたものだから食べられるし、外来種の退治にも一役買いたい。

    けれど、心配なのは例の放射能の影響・・・
    ナーバスな方ではまったくないのですが、野生で沼の底にいるような奴はちょっと違うだろうと数年前から分析結果を追っていました。
    本県(茨城県)水産物に係る放射能関係情報
    他の魚介類は検出できないのに対し、ナマズは未だに放射性物質が検出されている。
    まあ、規制値の半分だから問題はないだろうけど、他に比べるとナマズやウナギは高いみたいですな。

    なんかジブリっぽい廃な風景があった。

    砂利採取場らしい。

    しかし土地あまってんなあ・・・

    夜釣りと称してツェルト張ってもだれも気に留めなさそうだなあ。

    もう秋の風景

    田んぼは刈り取られて干し草となっている。

    風が強いというほどではありませんが、まともに風圧を受けるのでなかなか進みません。
    サイクリストもいるけれど、なぜか私とは反対方向へ遡上している人が多い。

    ここのサイクリスト達は風の方向を考えて走っているのでしょうかね?

    感心したのは、すれ違うとき皆さん「こんにちわ」と挨拶してくれること。
    私みたいな折りたたみ自転車に乗っている人間にも挨拶してくれます。
    多摩川では考えられないな。

    5Km走って10分休みを繰り返します。

    そうこうして、やっと着いたのが目的地

    知る人ぞ知る「東京医科歯科大学霞ヶ浦分院」の廃墟

    東京医科大学の霞ヶ浦医療センターは有名ですが、「医科歯科大学」にも霞ヶ浦分院があったことを知る人は少ない。

    しかし、こんな僻地に病院作っても誰も来なかったでしょうに・・・

    ファミリーが勤務していたことがあって私は知っていました。
    いまでは廃墟となり、心霊スポットとして有名になってしまって、不法に入り込む輩がいるのだとか。

    あれ、随分イメージと違う。

    守衛さんがいたので聞いてみます。

    そうだよ。ここが以前の霞ヶ浦分院だよ。
    目の前に直線道路が貫通しちゃったからずいぶん感じが違うだろう。
    DSCN3555_20161004140834b7c.jpg
    医科歯科の前は海軍病院ですか?

    いや、海軍航空隊の練習場だよ。海軍病院などという噂が広まったものだから心霊スポットなどとされちまって迷惑な話さ。
    もっとも特効薬のない時代の結核療養所だったから、亡くなった方も沢山いただろうけど・・・
    そのあと、科学博物館の倉庫にしようという話があったけれど、たち消えで、売りに出ていたのを昨年村が購入したんだよ。

    この建物、我が家に残っている写真そのもののようです。

    この写真は、昭和30年~34年ぐらいの時のもの。

    ご覧のように、なんと建物に迷彩塗装が施されています。
    SCN024-010S.jpg
    本邦初公開の海軍迷彩色のカラー写真ですw

    この建物、海軍時代から築80年は経っている歴史的建築物には違いないだろうけど使い道はないやね。
    壊すにも頑丈すぎてカネがかかるそうだ。資料館なんかにしたって赤字だろう。
    先ほど通った予科練記念館も阿見村が作ったけど赤字拡大中なのだそうだ。

    ここは逆手をとってレストランなんかどうだろう。名前は「心霊レストラン」
    テーマ曲は当然、清水健太郎で
    「ねぇ マスターつくってやってよ・・・そんな心霊レストラン」

    これで目的の過半は達成しましたので、後はどこまで走るか、どこの駅にエスケープするかになってきます。

    駅遠い・・・

    このまま行けるところまで霞ヶ浦右岸のサイクリングロード(農道・車道兼用)を走ろうとは思いますが、少々どころじゃなく飽きてきています。
    どこまで行っても代わり映えしない風景。

    日本は広いな・・・

    運動不足もたたって、足が攣るようになってきました。
    1Km走っては100m押すの繰り返し・・・
    尻は痛いし・・・

    「潮来」まで行きたかったけれど、「佐原」までにしておこう。

    陽が暮れてしまったら、路面がわからず怖くなってきた。

    本当にビバークしたくなって来たよ・・・

    一般道すらも街灯が少ない。

    なんとか佐原まででた。

    ところで、ここは何線だ?

    自転車の収納が間に合わず、電車を一本乗りはぐったら、次の千葉行は1時間半後。
    近くのコンビニでビールとおにぎりを買い、ホームで夕食。のんびりと帰ってきたのでした。

    総走行距離61Km
    霞ヶ浦右岸地図
    この自転車にしてはよく走ったということにしておこう。

    テーマ:旅行記 - ジャンル:日記

    富士山を西の方から眺めてみる 2017年03月02日 探索 トラックバック:0コメント:0

    青春18きっぷ日帰りと検索すると、東海道線ー富士ー身延線ー甲府という周回コースが出てきます。
    最初だから真似してみようかと考えましたが、電車に乗るだけでは、案外あっという間に甲府に到着し帰ってきてしまいます。
    つまり、どこかで観光する必要があるわけです。

    まあ当然だよな。一日中電車に乗っていても面白くもあるまい。

    このコースの場合、身延で降りて身延山を登ってくるという観光が考えられます。
    しかし、富士山を見るならばと地図で探すと、富士の外輪山からはよく見えるでしょう。
    それに比べ、身延山の頂上からは富士山はちょっとしか見えないはず。

    それに、身延駅って結構遠い。
    各駅停車の旅って、うまく計画しないと売店でビールを買うことも出来ないし、一服も出来ない。
    なんて非健康的な旅なんだw

    ということで身延駅まで保たず厭きてしまったので、途中下車しました。

    駅から外輪山へ一番近いと思われるのは稲子駅で、ここから歩き出すことにします。

    GPSを頼りに登山口となる破線コースを探します。
    2016-12-25-7_20170303142240d2b.jpg
    このお寺の墓地脇に破線の道はありました。

    「○○山入口」なんて看板はないので探すのに苦労しました。

    この辺の道って、ほとんど歩く人がいないようで、

    ルートファインディングに苦労します。

    かろうじて残る足跡を辿ると神社だか寺だかの廃墟に出ました。

    燈明は文化5年の記銘入り。調べてみたら1808年だという。
    本堂は倒壊したにも関わらず、よく保っていたもんだ。

    ここからがよくわかりません。かろうじて残っていた道の形跡が消えてしまいました。

    GPSを頼りに国土地理院の地図に従って頂上を目指します。

    すると、林道(放置中)という感じのススキの道に出ました。

    ススキをかき分け前進します。

    帰りは、この道、使いたくないぞ…

    尾根道付近は、かつて林道が何本も通っていたようで、かえって登山コースが不明瞭となっています。

    しばらく進むとキャタピラー跡が鮮明になりました。

    東の方角を見ると樹木の間からチラホラ富士山が見えます。

    基本的に植林帯なので、見晴らしが悪い。

    しかし、

    おおっ!

    見えた!

    頂上の中央部に剣ヶ峰が見える。
    DSCN5032.jpg
    西から見ると、富士山ってこういう風に見えるんだな。

    山麓の街とセットで見るのも良い。

    まあ、これで目的1は済んだわけです。

    後は、身延線に戻って身延-甲府-新宿と帰れば目的達成と言えよう。

    しかし、
    「登ってきた道、あれ下りたくないな・・・」
    ということで、尾根道をずっと辿ることにしました。

    地図を見ていて、富士の外輪山一周というのも面白いだろうと思っていたのですが、

    この辺は植林帯なので、特別面白い場所はありませんでした。

    尾根の方角はハッキリしているけれど、ほとんど踏まれていないので覚悟すべし。
    道標やピンクテープなんていう親切なものはほとんどありません。

    道は完全崩壊しているところはないのですが、崩壊一歩手前という場所は多かった。
    これが延々と続くとすれば、あまり楽しいコースにはならないな。

    おや、開けた場所に出た。

    とおもったら送電線。これで、現在位置がはっきりしました。

    やっと、下界の町に下山しました。

    最寄りの駅は芝川駅で、下車した稲子駅のひとつ手前の駅でした。

    「さあて、甲府まで行くぞお!」
    と思ったら、次の電車は1時間半後

    さすがに、そこまで待つ気がしません。
    仕方がないので、今朝と同様に東海道方面に戻ることにします。

    ただし、周回失敗じゃつまらないので、沼津から御殿場線で国府津に出ました。

    御殿場線は、伊豆半島を貫く丹那トンネルができる前の東海道本線です。
    国府津の駅前に「庄や」ができていたので、ビール一杯と夕食を摂り帰ってきたのでした。

    今日、学んだこと
    青春18きっぷは、乗り降り自由な割りに、ローカル線のダイヤがまばら過ぎるため途中下車しにくい。

    それでも、2,370円で富士の向こう側の登山ができたのは特筆すべき。
    いままで、大した山でもないから交通費が勿体ないと思っていた場所に行くことができる

    総歩行距離:11Km
    交通費:2,370円
    (品川-稲子:3,020円+芝川-品川:3,020円)
    DSCN5097.jpg

    テーマ:散策・自然観察 - ジャンル:趣味・実用

    丹那トンネル 2017年03月13日 探索 トラックバック:0コメント:0

    東京と京都をつなぐ東海道線。箱根を迂回する御殿場ルートに代わるものとして掘削されたのが丹那トンネル。
    しかし、開通までに予定の二倍以上の年月を要し、度重なる出水により事故も頻発したという。

    そして、この出水により被害を被った人たちがいる。

    それは、トンネルの上に住む、丹那盆地の住人たち。
    トンネルを穿つことによって、盆地への湧水が枯渇し、水田耕作も日常生活用水にも困ることになった。
    この排水により失われた水は、芦ノ湖の三個分にも達するという。

    トンネルができる前の丹那盆地は桃源郷のようであったという。

    今は失われてしまったとしても、その桃源郷という風景が見たくて、丹那を訪れたいと思っていた。

    ちょっと春には早いかなと思われる3月12日に出かけることにした。
    例の青春18きっぷの有効期限があるためです。

    さて、そのまま丹那盆地に直行しても面白くないだろう。
    ならば、山を越えて、上から俯瞰するように盆地を見てみたい。

    ということで、計画したのは

    熱海側から伊豆スカイラインの通る尾根に登り、
    ここから丹那盆地に降りる。
    丹那盆地を歩き、函南駅に至る。
    というコースを考えました。

    地図上の青線が「丹那トンネル」で、寄り添うように走る茶色のラインが新幹線が通る「新丹那トンネル
    丹那トンネルが、あまりに難工事だったため、すぐ傍に通せば、地質記録が応用でき対策を立てやすいという理由だったそうです。

    丹那トンネルに最も近いのは来宮駅なのですが、電車に乗ってから気がついた。
    熱海から沼津方面へ次の駅は函南で、来宮駅には止まらない。
    ならば、歩いてしまおうと、熱海から歩き出した。

    行楽地で混雑する熱海の繁華街を・・・って、延々と繁華街が続いているなあ。

    なかなか人混みから抜け出せない。

    来宮駅の傍の来宮神社に寄ってみたが、ここも結構な繁盛

    さて、ここから熱海側トンネル入口に向かう。

    トンネル洞門の上には、工事慰霊碑があった。

    総計67人の慰霊碑であるけれど、日本語とハングルと英語で書かれている。

    昨今、慰安婦だの徴用だのいろいろ言われているけれど、この時代、仲良く仕事をしていたことがわかる。
    そういえば、我が家の近くの公園にも、朝鮮帰国事業で帰国する人たちからの友情の記念碑がおかれている。

    この近所から破線の道を辿ろうと思っていた。

    舗装路の終点まで来てしまった。

    この先、道がないじゃんかよ。

    この上の尾根に出れば、何とかなるはずだと

    初めから、藪漕ぎ&直登となる。

    ハアハア、ゼイゼイ

    尾根に出ると、なんとか歩けそうだけれど、結構な傾斜が続く

    ハアハア、ゼェゼェ

    境界識別票がずっと埋まっているためもあってか、尾根自体はヤブではないけれど登山道にはなっていない。

    ハァハァ・・・

    伊豆スカイラインの稜線を目差しているわけなのだけれど、GPSを見ても、ちっとも近づいているように見えない。

    上方に、開けた空間が見えた。

    近寄ってみると送電線鉄塔だった。
    DSCN5172.jpg
    ここからは、東電仕様のプラスチック階段がずっと続いている。

    なんか、いきなり道が良くなった。

    送電線様様というか、電力会社って金使っているなあというか。

    上に行けば行くほど道は良くなって、未舗装ながら林道のようだ。

    伊豆スカイラインを走る車の音が近づいてきた。

    伊豆スカイラインって高速道路だったっけか?
    それを横断できる場所ってあるの?

    スカイラインに着いた。

    有料道路とはいっても、片側1車線しかないので、横断自体は問題なかった。

    しかし、この先、まったく道がねえ・・・
    2017-03-12-6.jpg
    GPSを見て、この辺だろうと探してみる。

    草むら&笹薮の中にピンクテープを発見したのだが、

    うーむ・・・

    見下ろすと、笹薮はスカイライン周辺だけのようで、少し下れば植林帯の中に入るはず。
    ならば、下には道が残っているだろうと意を決す。

    ちょっと開けた場所がありそうだと行ってみると、猪のヌタ場だったりして、そういうことを何度か繰り返す。

    うえーん。わかんないよう。

    GPSで道を確かめ、方位磁針で進行方向を決める。
    何度か繰り返すうち、ようやく林道の成れの果てという場所に出くわした。

    この道、きれいなジグザグをとっているので林道であったことは間違いないだろう。
    しかし、中心に雑木は生えているし、きっとウン十年前の作業林道だったのだろうと思う。

    大きく崩れているところはなく、林道の成れの果てを下っていく。
    いいかげん飽きてきた頃、地面がコンクリートになった。

    さらに下ると、熱函道路が見えてきた。

    残念ながら、雑木が邪魔して盆地を俯瞰できるような眺望には恵まれなかった。

    この熱函道路の下に横断トンネルがあって、これを通って、

    高原の林間風の道を歩けば、丹那の集落に出る。

    丹那の村は、周辺の山ぎわを住宅にあて、中心部を農作地としているようだ。

    降りてきたのは、丹那の最深部とも言うべき場所らしく、旧家が並んでいた。

    もともと丹那盆地はカルデラ湖であって、中心部は湖であったという。
    そこに徐々に土砂や腐葉土が堆積して平地となり、水に恵まれた農村となった。
    DSCN5234.jpg
    その湖の底の栓をトンネルによって抜いてしまったわけだ。

    水が枯渇してしまったので稲作から畑作になり、振興された牧場により農業が続けられているという。
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    訪れる時期がちょっと早かったな。
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    もう1~2週間もすれば桜も菜の花もきれいだっただろう。
     
    ここから、クソ面白くもない県道11号線を辿って函南駅へ出た。
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    函南駅ってかわいい。
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    そして、駅から眺めた丹那トンネルの三島側出口
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    総歩行距離:18Kmの旅でした。
    参考文献:闇を裂く道:吉村昭,1987

    テーマ:散策・自然観察 - ジャンル:趣味・実用

    只見線の旅(0) 2017年03月21日 探索 トラックバック:0コメント:0

    只見に行ってみたいと思っていた。
    あまり、有名な山はないし、今となってはスキーもやらない、最近は車も運転しない。
    行く機会がない。

    ちょっと行くには遠すぎるし、目的がない割りに交通費も高い。
    そこで、例の青春18切符の登場となるわけであった。
    この切符、実はこれのために買ったようなもの。

    只見に行くには、上越線~只見線~磐越西線~東北本線の周回コースとなる。
    駅で言うと越後湯沢か浦佐、上越線小出、只見、会津川口、会津若松が下車するポイントとなる。

    上野~宇都宮間は住人だったから新味がないので上越方面から入る時計回りのコースとした。

    調べてみると、各駅停車でも始発で行って終電で帰ってくれば日帰りが可能だそうだ。
    しかし、半日以上、電車に乗りっぱなしなんて辛すぎるだろう。

    そこで、どこかの駅近に前泊することにした。
    安いビジネスホテルでもあれば良いのだがと調べてみたけれど、越後湯沢から先はビジネスというより温泉宿が主体で高くつく。
    東京方面に一駅ずつサーチエリアを広げると、高崎駅周辺にビジネスホテルが多い。
    「ここまで近くなっちゃうかよ」
    とも思ったが、とにかく出かけなければ無為な連休を過ごしそう。

    それで、高崎駅

    とりあえず、高崎城跡に向かう。

    高崎は中山道と三国街道の分岐点に当たる交通の要衝だったという。

    確かにね。

    群馬県は県庁所在地を、なんで前橋にしたのかわからない。最初から高崎にすれば群馬県も僻地とか呼ばれなかったろうに。
    それと同じことはサイタマにも言えた。埼玉県庁が浦和だというのも解せなかった。大宮にしておけばよかったものを。

    高崎、思ったより観るところがない。

    北関東はどこでもそうだけれど、自家用車がないと行動半径がやたら狭まる。

    とりあえず、チェックインでもするかと駅前のAPAホテルに戻ってきた。

    もっと安いところもあったけれど、今話題のAPAとはどんなところか試してみようと考えたのであった。

    ロビーは駅のコンコースに接して3階。
    1階は駐車場で2階には大浴場がある。

    シングルの部屋は狭め。

    だけれど必要なエッセンスは網羅しているという気がした。

    私のチェックポイントのひとつは、入口からテーブルまでの通路の長い壁に衣紋掛けがついているかどうか。

    たいていシャワールームの対面になる何もない空間。
    ここにフックがついていると、洗濯物もかけられるし、濡れた雨具を乾かすことができる。

    大浴場は2階だ。観光地にあるホテルなどでは最上階に展望浴場とかを作って売り物にしているところがあるけれど、2階なら給湯するのも楽だろうし、万一水漏れしても下は駐車場だ。
    小さな露天とサウナもついていた。

    APAホテルというもの、画期的という物はない代わりに、うまく考えられているという印象だった。

    さて、部屋に戻りベッドに横になると、完全に昼寝状態。

    私は、昼寝のために来たのだろうかというぐらい熟睡した。

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    只見線の旅(一) 2017年03月22日 探索 トラックバック:0コメント:2

    高崎ではなく越後湯沢か浦佐、あるいは小出に宿泊できれば翌日は楽になったのだけれど、ホテルの空き具合と前泊の電車の都合、それと懐具合によりこうなった。

    それで高崎からは、途中、新幹線を使わないと効率よく回ることが出来ない。
    6:58 高崎発

    青春18きっぷが使える各駅停車でも可能は可能なんだけれど、時間がタイトになりすぎて途中下車もせずにずっと列車に乗るなんてつらすぎる。

    国境の長いトンネルを抜けると、(地球温暖化はなんのその、そこは依然として)雪国だった。
    DSCN5330_20170324172445f1f.jpg
    新潟すげえな。地味にすごい。

    新幹線で浦佐まで出る。

    さて、本番はここから始まる。
    7:45 浦佐

    周囲は豪雪地帯であるな。

    上越線に乗ったものの、すぐに小出に着いた。

    ここで長岡へ向かう上越線と只見ヘ向かう只見線に別れる。

    7:56 小出

    ここから、道に迷えば雪解けまで発見されないだろうという秘境に向かう。

    電車だろうと、その電車が脱線でもすれば、きっと雪の中で凍死するに違いない。

    今日の守護神はこれだ。
    DSCN5378.jpg
    藪神駅 8:03

    きっと吹雪のための避難小屋を兼ねているのだろう。

    越後広瀬駅 8:47

    これは、除雪しないと駅の場所がわからなくなるに違いない。

    魚沼田中駅 8:12

    駅の窓は、豪雪のため目張りされているのか?

    越後須原駅 8:19

    近代的な駅も見える。まだ人の往来があるのだろう。

    上条駅 8:26

    相当年期の入った列車のため、窓ガラスを通して撮影するとソフトフォーカスになってしまう。

    入広瀬駅 8:20

    大白川駅 8:42

    スキーハウス風になってきたな。

    だんだん、山の中に突入していく。

    いよいよかっ!

    と、思ったら平野に出た。

    只見に着いてしまった。 9:13

    雪深いところではあるが、なんか普通だな。

    このコース。明治維新で賊軍となった越後長岡藩家老、河井継之助が会津へ落ち延びていった道なのだという。

    そういえば、上杉景勝とかも、越後から会津に移封されている。
    越後・会津は遠いようで近かったんだなと再認識した。

    ここ、只見駅から会津川口までバスとなる。

    平成23年におきた水害により、ほとんどの駅間で線路が流出・寸断されているのだそうだ。

    駅前にすでに代行バスが停車していた。
    しかし、このままバスに乗って会津側に出ても退屈すぎる。
    次のバスは、11:10発。あと2時間近くある。

    只見駅周辺の見学としよう。

    駅の窓は雪囲いされている。夏には様相が違うのだろうな。

    あれ、秘境でもなんでもねえな?

    せっかく、防水透湿保温ソックスを履いてきたというのに。

    こんな風景や・・・

    こんな生活像を想像していたのに・・・

    町の中心部は完全に除雪されている

    町の北側を流れる只見川に行ってみよう。

    おお、雪山ではある。

    日本昔話の里のようだ。

    只見川の風景は綺麗だ。
    雪で目隠しされているということもあるだろうけれど、ゴミが落ちていない。

    日帰り温泉があったので、時間つぶしになるかと行ってみた。

    軽食でもできるかと期待したのだけれど

    営業は、お昼からだった。

    連休二日目だというのに、只見スキー場のリフトにも誰も乗車していないし、
    DSCN5386.jpg
    ここは、大丈夫なんかいな。
    ちなみに、ここのリフト、頂上まで登れるのならば乗ってみたかった。

    セブンイレブンもローソンもないが、隣接するようにデイリーヤマザキが2軒もあったのでビールを買って駅に戻る。
    関心したのはゴミが落ちていないこと。町中にもないし、河原にもない。よい郷土なのだろう。

    会津川口への代行バスがやってきた。
    これに乗って、会津に向かう。

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    只見線の旅(ニ) 2017年03月24日 探索 トラックバック:0コメント:0

    只見を去るにあたって残念なのは、ろくな観光ポイントに行かなかったこと。
    例えば、ダムとしては巨大な田子倉湖なんていうのを見ていない。
    ____________2__________.jpg
    写真は只見観光協会のホームページより拝借した。

    雪の田子倉湖や只見湖というのを観光できればよかっただろうに。
    しかし、場所が線路とは異なり
    2017-03-20-3.jpg
    一駅手前の山の中であるから致し方ない面がある。
    観光にはバスのほうが適切なのかもしれない。せめて自転車でもあれば何とかなっただろうに。

    さて、線路の水害により6年も不通になっている只見線の代行区間をバスで行く。
    DSCN5448.jpg
    バスは小型のいわゆるマイクロバスってやつ。代行なので青春18きっぷで乗れる。
    一本前のバスは満員だったが、休日運行のこの便は空いていた。

    休止区間の線路には雪がたぷり積もっている。
    DSCN5438.jpg
    ダムの連続なので川というよりは湖に見える。
    DSCN5453.jpg
    いいところだよな。

    しかし、除雪した道路(下)と除雪していない線路(上)
    DSCN5456.jpg
    常に雪かきしていないと生活できそうにない。

    バスは会津大塩の駅で時間調整。
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    「ト、トイレはありませんかっ?」と聞いたのだがないそうだ。
    DSCN5468.jpg
    ちょっと見にくいけれど、落橋した部分。
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    バッサリ落ちている。

    此処だけじゃなくて下もそう。
    DSCN5479.jpg
    ほとんど、全ての駅間で不通になっているのだそうだ。

    そうこうしていると会津川口に着いた。
    DSCN5490.jpg
    ホームのあちら側は、川面に接する。川面というより、やはりダム湖だ。
    DSCN5501.jpg
    やっと、「会津若松」という文字を見ることが出来た。
    DSCN5498.jpg
    電車は2両編成で、前のボックスシートは満員だったけれど後のベンチシートには誰も乗ってこなかった。
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    まさか、私が避けられているわけじゃないよな・・・

    会津中川
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    会津水沼
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    道路も線路もスノーシェッドで囲われている部分が多い。
    DSCN5534.jpg
    鉄オタじゃないので駅はどうでも良くなってきているけれど、

    こういう場所だよというのを残すため写真に撮った。
    DSCN5541.jpg
    もう、いいや。
    DSCN5543.jpg
    会津柳津
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    だんだん積雪が少なくなってきたような気がする。

    塔寺
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    そして、会津若松の平野が見えてきた。
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    とうとう終着駅に着いた。
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    会津若松
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    郡山へ行く磐越西線はやたら混んでいた。
    DSCN5605.jpg
    ずっと立ちっぱなしで郡山に到着
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    思ったより疲れているのかしょっぱい物が食べたい。
    駅近くのラーメン屋に入った。
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    おそらくチェーン店だろうけれどビールと餃子がうまかった。

    新幹線で帰ろうかという誘惑に打ち勝って、各駅停車に乗る。
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    まあ、どうせ寝て帰るわけだし。

    そして、上野に戻ってきた。
    DSCN5642.jpg
    地図で見れば、日本の中心部を見事に周回している。
    2017-03-20-2_201703241356112a0.jpg
    私の徒歩部分を含めて、総移動距離677Km。

    疲れたけれど達成感は・・・いや達成感もないような。
    ただ、どこかには行ってきたなという想いだけは残る不思議な旅だった。

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    日本平へ行ってみた 2017年04月10日 探索 トラックバック:0コメント:0

    只見に行って風邪ひいた

    風邪から気管支炎となり喘息様気管支炎となった。
    運動すると辛いので休みは自宅で安静にしていたけれど、先週の花見でほぼ治っていることを実感できたので、出かけることにした。

    ところが・・・雨かよ

    天気が悪いときのお出かけは博物館・美術館めぐりが最適だ。
    しかし、近辺の美術館もほとんど行ってしまったしなあ、青春18きっぷ一回分余ってるしなあ・・・
    調べた結果、静岡県立美術館というのは良いところらしい。

    品川から湘南ライナーに乗って熱海、熱海から東海道本線に乗り換え草薙駅に着いた。

    さあて、美術館はどっちだ?

    と調べていたら、ハイキングコースで日本平に行けるらしい。

    幸い雨はあがっている。

    よおし、日本平だ。美術館はやめっ。
    その前に草薙神社を参拝。

    草薙というぐらいだから、ご神体は日本武尊命。

    日本武尊命は景行天皇の次男で、九州征伐に行ったかと思うと次は関東へ。
    ある意味、都から遠ざけられ酷使された英雄なんだよな。

    この神社、「あの花」で有名になった龍勢という花火を行うことでも有名らしい。

    さて、畑のなかを左折して右折すると歩道橋に出る。

    これを辿るとハイキングコースに入る。

    指導標はしっかりついているので、迷うことはない。

    しかし、運動靴でもない靴を履いて来ちゃったしなあ。

    午前中まで雨だったから滑るよなあ。

    日本平まであと30分、という標識があったところで、舗装路になった。

    道の周囲は別荘らしい。
    頂上に近づくにつれて、逆に文明化してきた。
    さらに駐車場、近代的なビルまである。日本平ホテル・・・

    そうですか、ホテルですか・・・

    日本平って関東の人間が行くとこじゃないけど、久能山東照宮もあるし、高尾山みたいなところだと思ってましたよ。

    ここより高いところはない。

    登頂成功!

    なんだけど、天気のためほとんど展望なく、

    この天気で、こういう場所に、オッサン一人で来ても、いまいち面白くないな。

    帰路はゴンドラに乗って下の久能山まで行き、太平洋側に降りることにします。

    この下の久能山東照宮なら、まだ見る価値はあるのかもしれないけれど、久能山って日光東照宮建立までの繋ぎみたいな…
    家康さんにあまりシンパシー感じないし

    久能山には寄らずに、石畳の階段を降りていきます。

    石畳はよく整備されているけれど油断するとこける。

    太平洋が眼下に見えるので気分は良い。

    海岸沿いに立ち並ぶビニールハウスは、全て「いちご」なのだそうだ。
    出たところは久能山下。

    数件のお土産物屋さんが立ち並ぶ他は、いちごのビニールハウスがずっと立ち並ぶ苺の里。

    それもあってか、おみやげ屋さんでいちごソフトクリームを勧められた。

    ソフトクリームというよりは、コーンの中にストロベリーアイスが詰まっていて、上にはいちごが2つ載っていた。なかなかうまかった。
    食い終わりかと思ったら、コーンの底にもいちごがひとつ入っていて驚いた。
    このおみやげ屋さんいわく、バスは行ったばかりだわよ。あと1時間近くあるわね。

    しかたがないので、海に出てみる。

    波消しブロックが雑然と並んでいるけれど、これに当たる波浪は派手だった。

    そして、東京湾や相模湾で溢れるゴミの堆積がほとんどない。
    きれいな海だった。

    さて、バスで静岡駅まで出る。

    静岡駅で、ちょっと早めの夕食を摂ろうと考えていたのだけれど、
    静岡駅って、ショボい、質素だ。

    あとは電車を乗り継いで、品川まで帰ってきました。
    あえて記事にするほどもない旅でしたが、風邪が治ったというご報告まで。

    3月1日から利用開始した青春18きっぷもこれで終了となります。
    定価11,800円のところ、26,980円分使いました。完全に元はとったな。
    手間暇はかかるけれど、正当な交通費を払ってまで行く気がしない場所に出かけるには便利でした。

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    小海線にて小諸へプチ観光 Part.1 2017年08月24日 探索 トラックバック:0コメント:0

    いずれ、奥秩父の西の果て小川山から信州峠あたりを歩いてみたいし、八ヶ岳の東側、稲子湯あたりの探索もしてみたい。
    そこで、小海線の偵察に行くことにしました。
    高尾で乗り換えて、小淵沢行きの普通列車でくつろぎます。

    いや、単に眠りこけたというだけですが。

    小淵沢に到着したのですが、乗り換えに30分以上あるようなので、下車してみました。
    建物が新築されて、小奇麗な美術館みたいになっちまったようです。

    階段もごらんのとおり。

    駅の一角に公共スペースが儲けられていますので、企画展やってもおかしくないようです。
    さて、小海線がやってきました。このディーゼルカーに乗り込みます。

    野辺山には、林間学校があったので、中学校の先生につれられてハイキング
    大学時代には、本沢温泉へ入山するため、小海駅へ行ったことがあります。
    そのとき下山したのは清里で、ピンクのポットというおしゃれなペンション街に小汚い登山姿で闊歩して、恥ずかしかったのを覚えています。
    最近では、甲武信岳から千曲川源流を経て下山したのが「信濃川上」
    その先は、行ったことがありませんので、小諸まで探検してみましょう。
    小海線の「ウリ文句」といえば、最も標高が高い路線。その最も高い場所というのが、清里と野辺山の間で
    このへん。

    中学生の頃、林間学校がこの辺りにあったので歩いたことがあります。
    そして、最も標高が高い駅というのが野辺山駅。

    降りてみましたが、

    駅前にすら、なんにもないですな。

    隣の清里は、出店がそこそこありますが、野辺山には「カフェー」すらないようですな。
    その清里ですら、一度廃れて、ピンク色のヤカンが廃墟になっていました。

    再び小海線に乗って、北上します。
    このあたりは、信濃川上

    この路線での「峠」は、すでに通過しちゃってますが、この先が一番、山深いところ。
    武田信玄が信濃を攻略するには、八ヶ岳の東を通るか西を通るか、諏訪方面とこの佐久方面があるわけです。
    当初、この佐久方面作戦を盛んに行い失敗の連続。諏訪を攻略してから順調に進むようになるわけです。
    たしかに、この小海線沿いに北上しても、険しいばかりで、あまり得になりそうもありません。
    いまでも清里が一番都会で、住居密集地としては、小海駅
    その更に先は、だんだん平地となり、佐久・小諸の勢力範囲となってきます。

    浅間山が見え始めると、もう小諸が近い。
    小諸駅で下車して「プチ観光」します。

    小諸なる古城のほとり・・・なんだっけな・・・

    この城址公園、入場料が300円で、周囲の博物館も回るとセットで500円

    まず、高舘に登れば、北上川、北より流るる大河なり・・・は奥の細道か
    よく出来た山城で

    千曲川からは、崖がつらなり攻略するのは難しそうです。
    おじさん、どこに行けばいいの?

    あ、藤村先生でしたか

    藤村は、小諸義塾学校に国語・英語の先生として勤務されていたそうで
    そのときの書簡などが陳列されています。

    これが、本丸を囲う石垣

    石垣に登ってみます。

    石垣の上は、風が通って涼しくて気持ちが良い。

    下を除けば、背筋も凍える

    けっこうな高度感があります。

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    小海線にて小諸へプチ観光 Part.2 2017年08月26日 探索 トラックバック:0コメント:0

    さらに行くと、千曲川を見下ろす展望台。

    そういえば、千曲川って甲武信岳を源流とするだもんな。

    日本海側へ流れていきます。

    つぎは、「小山敬三の浅間山展」に向かいます。
    「ちょっと、おじさん、小山敬三美術館ってどこにあるの?」

    近くには「寅さん博物館」やら
    「郷土博物館」やらあるのですが

    「休業中」

    やっと着いた小山敬三記念館

    小山敬三先生とは、
    ほら、あの有名な「ペンキがのたうち回ったような」浅間山を描く方

    画像は、配布のパンフレットから引用させていただきました。
    美術館だけでなく、再現したアトリエ

    湘南にあったものを移築したのだそうです。
    最後は、藤村が勤務していたという「小諸義塾記念館」

    この何とか義塾とかいうのは幕末の・・・・と考えていましたが、要するに私学の高等中学校
    多数の人材を排出するにはしたものの、町から補助金打ち切られて、消滅した学校らしいです。

    いつの世も、経営というのは難しいものですな。
    まだまだ8月。標高が高いとは云えやたら暑くて

    駅前に開店していた、「唯一」の喫茶店で、汗が引くのを待ちます。
    さて、帰りましょう・・・なんですけど

    新幹線が開業したおかげで、旧信越線が廃止
    そのかわりに、第三セクターの「しなの鉄道」
    いよいよ青春18きっぷが使えなくなりました。
    その「しなの鉄道」も、軽井沢で終点。

    この先、横川まで廃止路線(休止路線?)になってしまっています。
    こちらは、旧軽井沢駅、駅舎

    軽井沢・横川間の難所、いわゆる碓氷峠を越えるためには、
    機関車の補助がどうしても必要で、

    採算にあわないらしいですね。

    しかたがないので、新幹線に乗り、高崎まで出ます。

    そのまま新幹線で帰ってくれば楽なものを、高崎で在来線に乗り換えて
    上野

    上野駅も、この地上ホームにくるとディープですな。

    「構内喫煙所」を探しながら探検していたわけでして
    16・17番線の特急ホームにありました。

    新宿と同じ構図です。

    ほとんど、電車に乗っていただけですから、そんなに体力消耗していないはずだし、
    小諸とか云う寂れた(失礼)旧跡しか観ていないのに
    なんとなく満たしてくれた小旅行でありました。

    まあ、あさ5時から夜8時まで、みっちり動いていたわけではありますから。

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    リアル植物図鑑 2018年03月15日 探索 トラックバック:0コメント:0

    昨夜、映画に行こうと誘われた。
    「ちょっと待て、映画だったら彼氏か友達か妹と行ってくれたまえ」
    「じゃあ、上野動物園に行こうよ。シャンシャン見たくない?」
    シャンシャンはともかくとして、上野に行って西洋美術館のレストランで昼食を摂り、御徒町を経由して秋葉原に行って、紛失していたACアダプタを買うという一連の流れが頭の中で出来上がった。

    しかし朝になってみると良い天気・・・
    切れなくなってきた包丁を研いでいるうちに気が変わった。
    刃物を研ぐ度に思うのだが、「人間、刃物を研げるようになって一人前だよなあ・・・」
    生きるためには食わなくちゃならない。家族を持つと料理の必要性は高まり、調理をするためには刃物は必須である。
    急いで野草採り用のナイフ2本も研ぐ。

    「もう起きなさい。河原に野草を捕りに行くぞ」
    「ええ、動物園じゃなかったっけ?」
    「動物園は休園だそうだ。私の頭の中では・・・」

    かつて私は、近所のおばちゃんから、土筆やセリ、ヨモギなどの料理を食べさせてもらっている。
    そのノウハウというと大げさだが、その知識を娘に受け継がせておこうと思う。
    あのセシウム拡散以降、野草摘みは控えていたのだが、茨城県の公表データでもほとんど汚染はなくなってきている。

    ヨモギは大抵どこにでもある。
    土筆は3月中旬の今頃がシーズンだ。こいつはよく探せばどこかには生えている。
    菜の花があれば炒め物にしよう。もう咲いているはずだが、二子玉川でも刈り取られてしまったし群生しているところが思い浮かばない。
    セリは田んぼがなくなった今はほとんど見かけない。

    鶴見川に行った。
    一昨年は東横線の綱島で降りて上流方向へ歩いたが、昨年は河原が綺麗に刈り取られてしまっていた。
    もう少し上流の日産スタジアム周囲にもちょうどよい荒れ具合の河原があったのだが、地図を見ると首都高横浜線のIC工事ですっかり様変わりしてしまっている。

    仕方がないので菊名から電車を乗り継いで、長津田近くへ目的地を変更する。
    鶴見川の支流である恩田川、

    この辺は周囲に畑が広がって、野草もありそうに思えたのだが、
    川はフェンスで囲まれ、コンクリートで整備されてしまっている。

    こりゃ、場所を間違えたなあ。

    やっと菜の花を見つけた。

    一本だけ頂戴する。乱獲するなよ。
    他の人のためにも来年のためにも、ちょっとずつ集めていこう。

    ヨモギはどこにでも生えているのだが、

    若葉すぎて芳香がまだ少ない。軟らかいから団子には良いかもしれない。

    しばらく歩いて、土筆をようやく見つけた。

    「何本獲ればいいの?」
    「最低でも40本ぐらい」

    以前は土筆も乱獲しないよう少量ずつ採取していたのだけれど、
    こいつは地下茎で繋がっていて、皆伐しようにもできないほど生命力が強いのだそうだ。

    写真には撮り忘れたけれど蕗も見つけた。
    (写真はWikipediaよりいただきました)
    まだ小さすぎて、調理するのが面倒そうだ。

    こうして、菜の花、つくし、ヨモギ、フキを採取して自宅に戻る。

    ヨモギは草団子をつくりつつ、蓬の天ぷらとした。
    まだ葉が小さいので、市販の「溶かすだけ」という天ぷら粉にぶち込んでかき揚げ風になった。

    土筆は結局84本あった。袴取りが大変だった。
    土筆も同様に土筆天ぷらにしてみたけれど、味がないのでイマイチというか反応に乏しい。
    土筆は、やはり油揚げとごま油、醤油で炒めた土筆と油揚げの炒めものが好評だった。

    菜の花は、ばっさり切って豚肉と炒めた。
    風味と色を残すため、オリーブオイルと塩・味の素で味付けした菜の花と豚肉のオリーブオイル炒めが好評だった。

    最後にフキ。あまりに細すぎて皮がむけない。
    なんとか皮剥ぎをして、そばつゆの元で煮込んできゃら蕗風にした。
    鰹節をかけても良かったが、山椒をまぶしてもよかった。

    故人に教えてもらった野草料理を娘に伝授して、なんとなく感無量の思いだった。

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    西武安比奈線廃止線 2018年04月02日 探索 トラックバック:0コメント:0

    春休み最後に、娘ズを連れて出かけようとしていたが、二人とも昼まで傾眠傾向にあった。
    早朝を過ぎ、午前中を過ぎ、昼過ぎになって妹が起きてきた。

    午後だけで散歩できるところはないかと考えて思い出したのは西武安比奈線(休止線改メ廃止線)
    距離は短いし春うららで山菜も沢山生えているに違いない。

    妹と二人で起こしても動じない姉を運搬するため、南大塚駅まで車で行く。

    駅構内から廃線のレールは延びているが、「大人」の父として不法はできない。

    立入禁止の柵外を沿うような道がある。

    しばらく行くと、線路は畑あるいは野原の中に消え、立入禁止の看板は橋梁など危ない場所を除いて禁止柵はなくなった。

    安比奈線は休止線が廃止線となり、どうなったかと思っていたけれど全く変わりがなかった。

    強いてあげれば、ところどころ残っていた架線の電柱が撤去されていたことぐらい。

    菜の花やら

    花になってしまったフキノトウやら

    野草は沢山咲いている。その他のお目当ては、ツクシとヨモギであった。

    いやいや付いてきた姉も目が覚めたようだ。

    この辺がビューポイントだ。

    テレビドラマに使われたせいか、この辺だけ立ち入り禁止区域になっていない。

    いよいよ終点が近づいてきた。

    駅構内の切り替えポイント

    線路はもう少し続くが、竹藪の中に中に消えてしまい追うことができない。

    春うららというよりは、初夏を思わせる暑い日だった。

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    夏の終わりに駿府城を見に行く 2019年08月22日 探索 トラックバック:0コメント:0

    「夏は好きなんだけどなあ。生まれも獅子座だし、海も山も大好きだ」

    ところが、この数年、夏に活動するのを止めてしまっています。
    予定すると降る雨や、娘たちが帰ってくると予告して帰ってこなかったり、出掛けようとすると絡んでくる犬のせいだったり、なんか家に押しとどめられている出来事がありました。

    娘も下宿先へ戻って行った夏の終わりに、この出不精からの脱却を目指してリハビリに取り組むことにしました。
    何しろ、7月末に発売と同時に購入した青春18きっぷをまだ一回も使ってない。
    とにかく、電車に乗ってしまえば何とかなるだろうと考えました。

    山でも海でもほぼ対応できる準備を整えて、さあ出発。
    やはり、犬が玄関でブロックしています。

    おやつで釣って、なんとか突破。

    お盆に比べれば幾分安らいだものの、まだまだ続くこの暑さ。
    天気だけは調べてあって、東京・長野方面は雨の予報。唯一晴れそうなのは静岡県。

    「よし、静岡方面にしよう!」

    春の続きとして、自転車で御前崎に行けば良いのですが、自転車って炎天下を走る乗り物だから、ちょっと考えてしまいます。

    品川駅で考えました。
    「とりあえずリハビリなんだから、楽な所にしよう」
    「静岡なら、2回も素通りした駿府城に行ってみよう」
    駿府城は、徳川家康が終の住処としたところ。興味がありました。
    2019-08-21駿府城
    家康さんが特別好きなわけではなく、むしろ策謀で天下を拾ったつまらない奴ぐらいにしか思っていないのですが(本当に失礼!)、
    駿府と言えば元は今川家の居城。家康はここで人質になっていたわけですが、そんな場所をどうして終の住処に選んだのか?

    暑いには暑いが、各停を乗り継ぐわけで、行動時間大半が冷房の中。
    先日ダウンロードした小説「冬の光」を読みながら行きます。
    これは、結婚しても尚、大学時代の彼女と関係を持ち続ける団塊世代の男と、その家族を描いた小説で、篠田節子の小説ですから、どこでホラーになるのだろうと思っていたのですが出てきませんでした。
    珍しく「男の生き様」を書いた小説のようで、これはこれで面白かったよ。

    さて、熱海、沼津で乗り換え静岡駅に着きました。

    google mapがあるので、駿府城址に行くには困りませんが、まずは観光案内所に寄ります。駅前にある案内所では詳しく説明してくれました。

    「まずは戻ります」
    はあ?
    「駅前が国道1号線なんで横断歩道が遠いんですよ。駅から地下道に入って、渡ってください」
    なるほど。
    しかし観光に来ているので、地下道なんかに入りたくない。一服がてらロータリーをぐるっと回って向こう側に到達します。

    お堀を半分ほど回ってから、東御門から登城します。

    後ろにそびえるのは、県庁。
    県庁って、どこでも城址の側にありますよね。単に場所がなかったのか、権威を残したのか?

    ここは綺麗すぎて、復元か修理された場所だろうな。

    中に入れば、単なる公園・・・

    城がないのはもちろんのこと、天守閣跡すらないんだな・・・

    天守閣があったと思われる場所には、徹頭徹尾美化された家康さんの銅像

    この銅像の裏手は「発掘現場」になっていて、入れるらしい。

    中は工事現場で、収拾つくのかという混乱振り。

    なるほど、徳川時代と豊臣時代の天守閣が出現していると

    出土品展示コーナーというプレハブがあったので覗いてみます。

    出土品は、金箔の屋根瓦の破片とか、大したものは陳列されていませんが、職員さんが私一人のためにDVDを流してくれました。

    それによれば
    駿府城は、家康の時代に作られ、江戸に移封された後は豊臣氏によって拡張、さらに家康によってマイホーム化されたという経緯を持つ。
    家康後は、あっという間に焼失。
    その後、城としての機能は不要となり、年ごとに規模縮小。江戸時代後期には廃城となっていたという。
    ついでに言えば、明治時代には天守閣の土台まで壊して、陸軍歩兵第34連隊の駐屯地となっていたという。

    見終わった後に、職員の方と少々お話しさせていただきました。

    疑問1:今川家の居城も、この場所ということでよろしいのでしょうか?
    回答1:今川時代の出土品も出ていますので、規模は違いますが場所は同じと考えてよろしいかと思います。
    ただ、武田家に一度完全に焼かれていますので残っているものが少ないと考えられます。

    疑問2:家康さんは人質として過ごしていますが、嫌な思い出がある場所だったら、戻ってきたいとは思わないという気がするのですが、いかがでしょう?
    回答2:家康は、駿府を居城に決めたという理由を5つばかり挙げたと言われています。そのうちの一つに幼少期に慣れ親しんだというのがあります。
    今川義元が烏帽子親ですし、人質という境遇を除けば、さほど嫌な思いはなかったのではないでしょうか。
    さらに、義元は公家に憧れた人ですので、文化的にも進んでいたというのもあるかと思います。

    疑問3:岡崎城にも行きましたが、岡崎なんて生まれ故郷であるにも関わらず、あっさり捨てているんですよねえ。土地にはあまり執着しない人だったんでしょうか。
    回答3:家臣は帰ってくるのを随分期待していたみたいですね。

    ということはですよ・・・
    人質時代に、織田信長と契りを結んだとか、開放してくれた信長に感謝したとか、ちょっと違うのではないかと思えます。

    故郷の岡崎はあっさり家臣に渡しているし、
    江戸は命令を出しただけで、住もうとは思っていない。あれは実質、秀忠の城だ。
    一度は完敗した武田の甲府にも興味はない。
    あれだけ苦労した大阪城も未練はない。

    唯一執着したのは、この駿府ということになる。

    幼少期の記憶って、残るものなんだなあ。

    うちの娘は、実家に帰ると「やっぱりここが私の原点だ」と言うけれど、
    上の娘は小学校から中学高学年。下の娘が幼稚園から中学入学まで住んだ。
    下の娘のほうが、現在の家に愛着があるようです。

    さて、雨が降ってきました。

    駅まで戻る途中の居酒屋で、食事とビールで乾杯。って一人ですが・・・

    久しぶりに大汗かきました。夏の行動を思い出して気持ちがいい。

    各駅停車で東京に戻りますが、熱海の駅で腹痛・・・
    大汗かいて、電車の空調で冷えたか?
    まさか、魚介類にあたったわけじゃねえだろうなあ?・・・

    備考
    東京 ⇒ 静岡(片道) 3,350円

    テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル:学問・文化・芸術

    武田の居城を見に行く 2019年08月29日 探索 トラックバック:0コメント:0

    歴史物の小説を初めて読んだ(自分で買った)のは、新田次郎の「武田信玄」だと思います。
    両親ともに小説好きだったので、この手の本は沢山あったけれど、自分で買うとやっぱり印象に残るよね。

    というわけで、駿府に行った後は甲府の武田館となりました。
    登山で近くを通ったことは何回かあるけれど、それを目的として甲府に行ったことはなかったんですよね。

    東京を出るときには小雨が降っていました。
    今回、装備に加えたものは折り畳み傘。ゴアテックスの雨具は持参しているけれど、
    夏の間は傘がいいよなあ。
    三条の湯まで傘で歩いたこともありましたが、上高地の手前、岩魚留め小屋ぐらいまでなら傘で行ける。
    あまり長時間傘を差していると手が疲れるけど・・・

    新宿→立川→高尾と乗り継いで甲府。甲府北口で降ります。

    コンコースにはストリートピアノがあって高校生ぐらいの女の子が引いていました。
    拍手するのは、「甲府展」を出している展示会の方。
    覗いてみましたが、甲府の歴史が簡単に理解できました。

    甲府は武田信玄の父、武田信虎が石和から本拠地をこちらに移してから始まる。
    場所は甲府駅北口をまっすぐ北に登った躑躅が崎の館。
    信玄、勝頼ときて勝頼は韮崎に城を築く。
    その後、徳川時代になって、駅南に甲府城をたて現在に至る。

    まずは武田家の本拠地、躑躅が崎の館に向かいます。

    ほぼ真っすぐ北北東へ歩けばよいだけ。

    北口は県庁のある南口と異なり、そのへんのローカル駅とあまり変わらず、大したものがないですね。

    とにかく一直線に山の麓まで北上するのみ。

    この道は「武田通り」というのだそうです。

    しかし「武田」一色だなあ。バス停も武田一丁目武田二丁目武田三丁目・・・
    「甲府には、武田しか売り物がないのかよ?」と気の毒な気もします。

    まあ、武田通りというだけあって、通りの左右は、武田家の家臣の住所になっていたらしい。
    kofu3.jpg
    おおよそ、標高が一番高いところが武田本家で、駅近くまで家臣の住居跡が並んでいるという感じ。
    そういえば、山間の村でも、名主が一番高いところから水を引いていると聞いたことがあります。

    しばらく行くと、山梨大学のキャンパスとなります。

    さすがに「武田」大学じゃなかったな。

    大学を越えると、躑躅が崎の館にもう近い。

    現在は、武田神社になっていて館跡が残っているわけではありません。

    小さな堀を渡るとすぐに社殿。

    ほとんど籠城を考えてはいない造りのようです。

    低い石垣はあるものの、山の斜面を利用したに過ぎません。

    「人は石垣、人は城・・・」と、信玄は城作りに興味を示さなかったといいますが、
    とある本によれば、躑躅が崎の館から裏山へ逃げるよう考えられていたらしい。
    この館の北方には、要害山があります。

    石和から移ってきて、この地に根拠を構えたのは「武田信虎
    信玄は築城などという金のかかることをしなかったのがエライといえましょう。
    侵攻がその生涯であって、籠城などという戦いはなかったということもあります。

    最近の研究によれば、金山の採掘も信虎の時代が最初であって、晴信が最初ではないといいます。
    甲斐の統一、甲府への移転、財政の好転化など、信玄ではなく信虎の功績らしいですね。
    信長になりそこねた「信虎」と小説が書けてしまうかも。
    まあ、織田家も統一したのは親の代で、信長も信玄も対外戦争に打って出られるようになった世代ということになりそうですね。

    宝物館も覗いてみます・・・

    甲冑とか刀とかよくある展示、いまいち残念でした。

    今日は曇りで、眺望は良くないけれど、晴れていれば富士山も遠望できるんでしょうね。

    あんまり暑いので、帰りはバスで戻ります。
    バスを待つ間にアイスクリーム

    ブドウミックスにしましたが、あまり味がしなくて、ブドウオンリーのほうが良かったかも。

    今度は、駅の南口に出て、

    徳川時代に作られた「甲府城」を見に行きます。
    こちらは、なかなか立派

    大手門は、つい最近再建された模様

    石垣がツートンカラーで上部は新しく見えます。

    江戸時代以降放置されていたというから、新しく復元されたものなんでしょう。

    天守台跡に登ってみます。

    おお、眺めがいいな。

    富士山、南アルプス北岳も、八ヶ岳の赤岳、滝子山も大菩薩峠も見えるのだそうです。

    甲斐国志」を読むと、「調べたけど絶対行ってねえだろう」という場所があって、
    北岳もその一つだろうと考えていたのですが、甲府から見えるとなれば違うかもしれませんね。

    友人から「お城が好きだったんですね」とLINEが来ました。
    確かに歴史物が好きという他には、「お寺」は嫌いじゃないけど辛気臭い。
    「神社」も嫌いじゃないけど開放感に乏しい。
    「お城」は、激戦で死者が沢山出たという故事はあるかもしれませんが、大抵見晴らしが良いことが多い。
    だから、お城が好きなんだと気が付きました。

    さて、何か食べて帰ろう・・・甲府といえば「ほうとう」なのですが、この暑さだし違うものが食べたい。

    駅近くに「元祖鳥のもつ煮」という、蕎麦屋があったので入ってみました。
    これが、鳥のもつ煮で、

    その実体は、レバーの甘辛煮っころがしでした。
    子供の頃、よく食べさせられたなあという懐かしい味だったのですが、これだけで丼一膳食べるのは、ちょっと苦しかったぞ。

    備考
    東京 ⇒ 甲府(片道)2,270円

    テーマ:散策・自然観察 - ジャンル:趣味・実用

    南房総稲村城 2019年09月02日 探索 トラックバック:0コメント:0

    「南総里見八犬伝」の舞台となった里見氏の居城は千葉にあります。
    里見氏は群馬県新田氏の出といわれ房総に根を張る豪族ではなかった模様。
    扇谷上杉氏との戦によって房総へ進出したといいます。

    本日向かうのは、最初に居を構えた「稲村城」で館山の近く。

    東京駅から総武線快速に乗って千葉。さらに各停で君津。

    ここにも後期里見氏の本拠地があります。

    滝沢馬琴の南総里見八犬伝で有名になったせいか、真田幸村にも似て「正義の人イメージ」があるような気がしますが、
    実際の所はあっちに付きこっちに付き、終いには武家の守り鎌倉八幡宮まで焼き討ちしたりして、いまいち所業は誉められたものじゃないようです。

    さらに各停に乗って館山へ。

    なにしろ単線なので行き交う電車の時間待ち。

    何本ものトンネルを抜けるし、関東側から攻めるのはむすかしいだろうなあ。
    三浦側から水軍でなら話は別だろうけど

    やっと館山について、しばし見物。

    館山は、この南総里見氏が居城を構えたことによりできた町

    房総としてはチャラチャラしていて、イマイチ好きではなかったのですが、今回下車してみると随分さっぱりした印象。

    七里ヶ浜でも思ったのですが、最近の女の子は海は好きだけれども水着に着替えてまで入りたいとは思わないようです。

    9月になったというのに暑すぎて歩く気がしません。
    タクシーに乗ってしまいました。
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    運転手さんがつけてくれたところは、稲村城への標識はあるのですが、

    下草が伸びていて殆ど歩かれていない模様。

    さらに蜘蛛の巣が追い討ちをかけます。

    この蜘蛛の巣の有無で人気があるかないかわかるようなもの。
    笹枝を拾い蜘蛛の巣を払いながら登ります。

    神社で榊で祓うのって、これから来てるんじゃないのかなあ

    完全に山道で、城郭なんてないようなもの。

    こりゃ攻められたときの砦で、住んではいなかったね。

    ようやく天守というか、頂上に着きました。

    もう少し、草がなければ花見には良いかもしれない。

    城跡見物は、春がいいなあ。間違っても夏に来るべきものじゃないね。

    頂上からは微かに房総の海が見えます。

    見張り櫓にもならんし、一時的な避難場所なんでしょうな。

    里見氏は関東で唯一水軍を持ち、ここから三浦半島や鎌倉まで荒らし回った訳です。

    このブログで一番読まれているらしい「雨崎」の神社
    あれは「東京湾を渡ってくる龍を祭るもの」と言われていますが、じつは里見水軍来寇の監視台だったのではないかしらん。

    さて山を降りて最寄りの九重駅に向かいます。

    途中にあったローソンで「僕ビール君ビール」を買い一気飲み。
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    乗車は九重駅からで無人。
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    ほどなく電車が来たので乗車して

    千葉市に住む娘たちにLineを送るも宿題で忙しいらしい。

    ならば船で帰ろう。金谷からフェリーに乗ろう。
    一年に一回ぐらいは船に乗るというのもおつなもの。
    本当は、もっとたくさん乗って、フェリーの存続に寄与してあげたいところなんですがね。

    浜金谷で降りて青春18きっぷを見せようとしたら駅はすでに無人。
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    浜金谷ですらこれかよ。

    乗船券を買うと、もうじきに入港してくる時間。

    乗船の列に並ぶと、ほとんどがゴルフバッグを担いでいる人たち。この暑いのにご苦労さんですな。

    さあ、サンセットクルーズだ!

    実は今日の日没は18:10頃で出航は18:25分

    出航したときには陽が暮れているはずでしたが、なんとか夕陽は見えました。

    ビヤガーデンがデッキにあるのかなあと、期待していたんですが9月に入ったせいか閉店してる模様。

    こんなこともあろうかと、もう一本購入してある僕ビール君ビールでひと時を過ごします。

    隣に座っているデッキにあがってきたワン公は震えているみたい。

    暑かったし飯を食べて帰りたいし、温泉でも行こうかなあ。
    馬堀海岸の温泉は好きなんだけれど歩くんだよなあ。

    久里浜に着岸するときには既に真っ暗。
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    デッキから眺めるとフェリー乗り場のすぐとなりに温泉ができたみたい。
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    温泉に浸かって汗を流して帰りました。

    備考
    東京-館山:2,270円
    九重-浜金谷:500円
    フェリー:720円
    久里浜-東京:1,250円

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    北条早雲の居城 韮山城 2019年09月05日 探索 トラックバック:0コメント:0

    もし、戦国時代に生まれたとするならば、どこの国に住みたいか?
    多分、北条氏の相模の国ではあるまいか。
    ひとつには租税が安かったことがある。他の国が5公5民、あるいは6公4民であるところ、北条では全域4公6民を貫いていたという。

    北条氏はもともと伊勢氏と名乗っていた。(北条)伊勢早雲である。
    流れの商人から身を起こして一国の主となったと言うが、それは嘘らしい。
    最近の研究では京都有力御家人の出で、今川家の内紛調停のために派遣されたのではないかと推測されている。
    お役目は立派に果たし、今川家からの信頼も厚く、任されたのが富士川の東。関東、伊豆方面の防衛拠点。

    ちなみに、この頃、関東がどういう状況にあったかといえば、
    関東公方足利氏がいる。
    足利幕府は鎌倉を滅ぼして京都に幕府を開いたわけだが、関東を放置するわけにもいかない。
    そこで鎌倉公方という知事を任命した。ところが幕府内の内紛やら現地の独立運動やらで公方さんが2人も3人もいることになった。

    そして、これを補佐する軍事司令官、関東管領上杉氏がいる。
    上杉謙信は北条に攻められた上杉氏を助けたことにより譲られた「なんちゃって関東管領」である。もとは上杉氏の家臣、長尾家の出身である。この上杉氏も山内上杉氏と扇谷上杉氏に分裂している。

    (北条)伊勢早雲が領地を得たのが富士川の東、そこで住んだのが伊豆韮山城。
    小田原に移転する前の居城であって、早雲は終生ここに住んだという。

    韮山は三島と修善寺の中間あたりになる。

    品川から小田原、熱海と来て三島

    今日は電車の連絡が悪かった。

    三島で伊豆箱根鉄道駿豆線に乗り換える。

    なかなか古風な電車だと思ったけれど、

    ちゃんと冷房はあるし3両も連結しているので、赤字路線というわけでもなさそうだ。

    三島広小路をすぎれば田舎・・・
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    韮山の駅に着いた。

    北条にとっては第二の本拠地なんだから、さぞや発展しているだろう
    なんにもねえな・・・
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    駅前に立派な町立の図書館兼、シアター兼、集会所みたいな建物がある他には何にもない。

    韮山城への標識があるので、それに沿って歩く。

    目の前の、こんもりとした丘が目指す韮山城だ。

    歩道には、町に関連する歴史紹介が嵌めこまれていた。

    しかし源頼朝と政子さんが主人公で、早雲については無視ですな。

    暑くてさあ、途中の公園で休む。

    蛭が島公園と言って、頼朝が流されていた場所なんだそうだ。
    トイレに入ったら、蛇口からなんか飛び出てきて
    うっひゃあと逃げた。
    よくよく見るとカエルだった。

    そういやあ栃木の畑でよく見たよなあ。
    畑の隣の公衆電話に入ると、全面カエルだらけで不気味だったよなあ。

    さて、韮山城へは、韮山中学校の脇を入っていく。

    ちょうど下校時間だったらしく大軍に囲まれてしまった。
    こっちはリュックサック背負って、サングラスしてるし、ちょっと不審者だろう。

    すぐに堀切となり、
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    これを下れば城の向こう側の「城池」に出る。

    えっ、もう終わっちゃったの?

    あまり調べていないので、はっきりはしないのだけれど、南北に走る尾根に合わせて城郭としていたようだ。

    城池は、外堀を拡張して水田のための溜池として整備されたという。

    さて、案内板に沿って北に向かう。

    池のためか、虫が多い。
    蚊ではないらしく刺されはしなかったものの、メガネにワイパーをつけたいぐらいだ。

    途中で尾根に登る階段をやっと見つけた。

    出たところは神社になっている。

    イザナギノミコトを祀っているらしい。
    へえ、そりゃまた古風な。

    さらに上へ登る道があったので上がる。

    それらしくなってきた。

    見晴らしもいい。

    伊勢早雲以降は小田原に居城を移したわけだが、伊豆の征服という意味では、この場所は正しい。

    西からの防御としては、沼津の先に興国寺城という堅固な出城を持っている。

    さらに階段を登って、

    ここが一番上部らしい。

    見渡せば、もうすこし高いピークはあるけれど、そこへは通行禁止になっていた。

    とにかく虫が多くて、はやく逃げたい。

    やっぱり夏なんかに来るんじゃなかった。

    韮山城の幟がはためいているのだが、

    半分以上倒れるわ落ちているわで、落城後みたいで寂しいので直してきた。

    下って、城池をぐるっと一周。

    池の周囲は公園になっていて、春先はきれいだろう。
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    夏は城めぐりには向かないのが再認識された。
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    黒くて、お前も暑くてたいへんだろう
    韮山は昔から水田が豊富だったという。
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    豊かな土地だったんでしょうね。

    三島まで戻って、朝食兼昼食兼夕食を食べて帰る。
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    熱海で乗り換えた電車が、宇都宮線直通だったので
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    爆睡して品川へ戻りました。
    備考
    品川 ⇒ 三島 2,270円
    三島 ⇒ 韮山 270円
    これで、今季18きっぷの元は完全にとったぞ。

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    川越城 2019年09月09日 探索 トラックバック:0コメント:0

    青春18きっぷ最後の一日は川越城
    東京から川越だと片道840円なので、青春18きっぷ使うよりSuicaで行ったほうが安い。
    まあ一回分余っているので、使いきってしまおう。
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    品川から東京上野ラインで高崎線に。車中で小説に夢中になっていたものだから大宮で乗り過ごして戻る。
    今度はちゃんと川越線に乗り換えて終点へ。

    車中では、川越地方に大雨警報がでた。
    げっやばい・・・
    降りた途端にすごい人出と暑さ。
    今度は熱中症注意報に変わってる。
    なんなんだよ・・・

    あまりに暑いのでバスに乗る。

    小江戸川越で売出中とあって、観光客がすごい。

    うーん、失敗したかも・・・

    川越城は、ほとんど平城といっていい。
    2019-09-08川越
    川越という町は、入間川がぐるっと巻くところにできている。
    2019-09-0802.png
    北・東側への守りはそれでいいとして、南側の守りはどうなっていたんだろう。

    ほとんどが埋め立てられてしまったそうだが、一部掘割が残っていた。というか発掘したんだろう。

    結構、深いですね。
    IMG_20190908_150125_201909091422476af.png
    川越城は、前回書いた関東地方の内紛。関東管領上杉氏が分裂した際、扇谷上杉氏が大田道灌とその父に築かせたもの。
    2019-09-08川越01
    同時期に江戸城を作っている。

    その後、伊豆地方と鎌倉を手中に収めた北条氏が関東平野に進出する。
    関東地方を領地とするには、この川越城と江戸城の2つを攻略しなくてはならない。
    1537年にようやく悲願の川越城を占領するも、1546年には上杉憲政・上杉朝定・足利晴氏の連合軍が8万5千の大軍で、城兵3千の川越城を囲む。
    これに対して北条は必死でかき集めた8千5百という十分の一の兵力で対抗。
    1546年5月19日の夜半に奇襲を敢行し、10倍の兵力に勝利するという劇的な戦いとなった。

    まずは市立博物館に寄ってみる。

    ほとんどが江戸時代の資料ばかりで、扇谷上杉氏時代や北条家時代の展示は少ない。

    城に関する資料も少ないので、ちょっとだけがっかりしながら、本殿に向かう。

    本殿とは言っても、当然江戸時代のものだ。

    当時は現存する建物の4倍はあったという。

    相当、巨大な城郭だったんですね。

    畳の部屋の連続で、障子を開きながら進むと、

    吉良上野介を探して狼藉を働く浅野家臣のイメージだな。

    家老詰め所に行ってみる。

    会議中、ちょっと失礼しますよ。

    だいたい8畳ぐらいの部屋が連続しているんだけれど、なんか小さい。

    ドイツ人の若いカップルがいたので、ちょっと説明してやる。

    「一畳は大体180cm x 90cmでできているんだよ」
    ドイツ人のおねえちゃんは、さっそく寝転んで
    「あたし157cmなんですけど、ちょっと小さいですよ」という。
    たしかに180cmねえなあ・・・

    受付に行って訊いてみる。

    「そうなんです。京間というんですか、小さい畳が使われています。
    玄関近くのものは、客人を通すために大きい畳で、全部で3種類使っています」

    ドイツカップルに訂正してあげようかと思ったけど、英語が不自由なもの同士で面倒なのでやめた。
    「アウフビーダーゼーエン」とだけご挨拶して撤退。
    2年間もドイツ語勉強したあの日々は何だったんだろう。
    残ったのは、ドイツ小唄50曲ぐらいは覚えてるけど。

    せっかくなので、ここから川越駅まで歩く。
    IMG_20190908_162726.png
    あっちいよお・・・

    せっかくお出かけしたのだし、なにか食べて帰ろうと思ったのだが

    「川越地方、避難準備命令発令」
    どこに逃げろと・・・

    駅前でビールとサンドイッチを買って電車に乗ったのでした。


    今季の青春18きっぷの損得勘定
    1. 東京 ⇒ 静岡(往復) 6,700
    2. 東京 ⇒ 甲府(往復) 4,540
    3. 東京-館山 2,270
      九重-浜金谷 500
      久里浜-東京 1,250
    4. 東京 ⇒ 三島(往復) 4,540
    5. 東京 ⇒ 川越(往復) 1,680
    11,850円のところ、21,480のご利用でございました。
    次期は12,500円に値上げされるという。それだと一回2,500円以上の距離を使わなくちゃならないわけで、案外消費するのも難しいかもしれない。

    テーマ:散策・自然観察 - ジャンル:趣味・実用

    杉山城 2021年10月24日 探索 トラックバック:0コメント:0

    登山に行くはずが、「おまえは疲れているんだから、もう少し寝ていろ・・・」という心の声がして起きられませんでした。
    ここ数週間、週2で出かけていたというのもありますが、ここ数日の仕事でトドメを刺されました。
    しかし、覚醒してみれば「どこかに行きたいなあ・・・
    Google Discoveryを開くと「攻めたくない山城・・・1位は埼玉の杉山城」

    はて? 杉山城って聞いたことないけど??

    調べてみると、最も巧妙に配置された山城だが、築城年不明・築城者不明という謎の城でした。

    滝山城の作りに似ていることから後北条氏の城とされていたが、近年の発掘調査で山ノ内上杉氏によるものではないかと考えられている・・・
    ほう、ならば北条氏の城跡を回った拙者が確かめてやろうではないかい。

    場所はというと「東武東上線 武蔵嵐山」
    嵐山・嵐山・・・よく聞くけど、どこだっけ? ようやく思い出したのが、関越道の嵐山か・・・遠いな・・・
    ただ、東武東上線なら、我が家の最寄りの東横線から和光市行きの電車に乗れば接続できてしまいます。
    中目黒駅で電車を待つと「Fライナー森林公園」行き。ドンピシャですね。森林公園から2つか3つ先が嵐山になります。

    車中でぐっすり寝て着いた処が森林公園で、接続の小川町行きもすぐに来ました。
    武蔵嵐山で下車すると

    立派な新興住宅地ですね。だけど、ここに住んで、仕事はどうするんだろう?

    住宅地を離れ、市の川沿いに城跡に接近します。

    ここは全て私有地だそうで、

    杉山城保存会という方々が管理しているのだそう。

    案内板も揃っているし、それに従って登ります。

    うーん。この城、確かに芸が細かいな・・・

    郭と郭の間には堀切が全て作られているか崖になっているので、確かに攻めにくそう。

    ただし、北条氏の城ではないような気がしてきました。

    なぜかというと、北条氏って既存の城を改築して再活用することが殆どで、新規の築城はよほどのことがないかぎりやらなかったようです。

    北条氏がここに城を作るとすれば、川越城を落とした1537年以降になるでしょう。
    この頃には北条軍は兵力1万以上という規模で行動していますが、それにしては杉山城は規模が小さいと考えます。

    滝山城も八王子城もこの後になるはずですが、こちらの方が洗練されているように思えます。

    ここは、城跡はともかく、里山が美しいですね。

    もうひとつ、これだけ細かい作りなら、籠城を考えていたことになりますが、北条氏は元来、平地戦が得意で、籠城戦はあまり得意ではありません。ついでにいうと山岳戦も不得意で、武田に負けます。

    つまり、いよいよになれば打って出てしまうので籠城準備はアバウト、ここまで凝った城はないように思います。
    いざというときは、川越城に籠城すれば良いだけなので、ここに城を築く必要は低いと考えます。

    こうして城主不明の城を攻略してきたのでした。

    ハードな運動は避けた一日でした。

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    春を探しに 2022年02月23日 探索 トラックバック:0コメント:0

    そろそろ暖かくなってこないかなあと春を探しに出かけました。

    菜の花と桜が咲いている場所がいい。

    ネットでは河津桜が有名な伊豆を推していましたので、そっち方面に出かけます。

    品川から伊豆急下田行きの「踊り子号」に乗車してしまえば、「直ぐです」とは間違っても言えないけど、迷うことなく着きます。

    河津桜で有名な河津です。

    下田のひとつ手前ですから、ずいぶん遠くまで来たものです。

    地元の飲食店も、結構あるんですね。

    車中から「桜まつり開催中ですが、現在の開花状況は2割から3割です」

    とアナウンスされていました。

    それでも、桜まつりを開催しているだけあって、賑わっています。

    少し誇張すると、このようにキレイです。

    河口までくると良い感じ。

    立て看板には6月から9月までキャンプ禁止と書かれていましたが、それ以外の季節はやっていんですかね?

    ハイキングの準備もしてくりゃ良かった。

    今年の河津桜の開花は遅れているようで、これからが本番のようです。

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